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  • 2025/04/02

IMSA GTPマシン「MAZDA RX-792P」、動態で日本上陸

岐阜県の実業家である國江仙嗣さんが入手し、このほど国内に可動状態で輸送された1992年式IMSA GTP車両「RX-792P」(シャシーナンバー003)が話題となっています。このクルマについて、日本国内で知られていることは少なく、わかっている限りを以下に記します。

1990年に4ローターエンジンを搭載したRX-7 GTOでRX-7によるIMSA通算100勝をマークし、全米のロータリーファンを熱狂させた北米マツダ(MANA)は、念願のデイトナ24時間レース総合優勝を目標にIMSA最上級カテゴリーであるGTP規程に合致したレースカーの開発をスタートしました。時は、ルマン24時間レースやFIA世界スポーツカー選手権(WSPC/WSC)からロータリーエンジン(RE)搭載車が締め出されようとしていた中、マツダ787Bがルマン制覇を成し遂げており、まさに機は熟したと考えたことでしょう。

MANAのモータースポーツマネージャーであったディック・セントイブズは、RX-7 GTOの成功で名声を高めたリー・ダイクストラ(元GMエンジニア)にGTPシャシーの設計を依頼し、同じく元GMのデザイナーで「Mr.コルベット」と呼ばれたランディ・ウィッティンにエクステリアデザインを委嘱しています。世界的なスポーツカーレーシングの潮流が変わろうとしている中、IMSAシリーズも最高峰のGTPを廃止し、新たにオープンコクピットタイプのプロトタイプカーを導入しようとしており、FIAグループCマシンとの相互乗り入れを意識した近似形としてのGTPは1993年シーズンいっぱいで消え去る運命にあリました。つまり当時、MANAは急いでいたのです。RE搭載車でのデイトナ制覇が彼らの夢であり、使命でした。

RX-792Pは、ノースカロライナ州デンバーに本拠地をおくクロフォードコンポジット社製カーボンモノコックにR26B型4ローターREをミッドシップマウントしたプロトタイプで、トランスミッションは5速、フロントラジエターの冷却システムを採用しています。組み上げはレースカーコンストラクターのファブカーがクロフォード社を補助しており、MANA傘下のマツダモータースポーツ(ノースカロライナー州シャーロット)では長くマツダREでのレース経験が豊富なダウニングアトランタ社がエンジンメンテナンスやチーム運営を担っていました。初期は鳥居型の二段式リアウィングを採用していましたが、高速トラック向けには低ドラッグ仕様のローマウントシングルウィングも用意されていました。また、マツダ787Bと同じR26Bエンジンを搭載していますが、IMSAの排気音量規制に対応し、最高出力は650PS程度に抑えられていたとのことです。

最初のマシンが完成したのは、1992年のデイトナ24時間レースが終了した後の2月のことでした。2月第3週にフロリダ州マイアミで行われたIMSA第2戦の2時間ストリートレースにエントリーしたRX-792Pは、残念ながら練習走行中に火災が発生し、予選さえもスタートできませんでした。ドライバーは、プライス・コブとピート・ハルスマーの二人でした。いずれもRX-7 GTOで名を馳せた名手です。翌3月21日に決勝レースを迎えたセブリング12時間には、ジェームス・ウィーバー/コブ組の77号車がエントリーし、なんとか予選を走り出しましたが、エキゾーストから煙が上がって走行を中断。そのままリタイヤしています。エキゾーストの取り回しとその周辺の冷却が不十分だったと考えられます。次戦ロードアトランタでは、ソロエントリーのコブが予選9位のタイムを出し、決勝レースでは勝者から19ラップ遅れの15位でレースを終えています。想像するに、レース中に様々トラブルがあったようです。5月の第5戦ミッドオハイオでは、#002シャシーもレースデビュー。77号車はコブが、78号車はハルスマーがドライブし、2台揃って完走を果たした記録が残っています。77号車は6位、78号車は9位でした。
6月のニューオーリンズ(市街地)戦では、コブの77号車は12周遅れの16位フィニッシュだったものの、78号車ハルスマーはアクシデントで離脱しています。しかし、2週間後に行われたワトキンスグレン大会では、4番グリッドからスタートした77号車がキャリアハイとなる総合2位ポディウムを獲得し、ようやく競争力を確認することができました。次のラグナセカでは振るわず、7月下旬のポートランドでは2台ともエキゾーストマニホールドが壊れてリタイヤを喫しています。最終戦のポートランドでは総合4位・5位に入賞することができ、1993年シーズンに向けチームの気運は高まっていきました。しかし、その後10月末にマツダ本社は経営不振を理由にルマン、WRC、そしてIMSAなどモータースポーツ活動の休止を発表。最大の目標だったデイトナ24時間レースへの出場を果たすことなく、マツダRX-792Pは使命を終えることとなってしまいました。

このほど日本に輸入されたマツダRX-792P #003は、2台がレース出場を終えたのちにジョージア州アトランタのダウニングアトランタ社で組み上げられたようです。よって、レース参戦実績はありません。後年になってからの組み立てのためか、オリジナルのR26Bエンジンにある可変吸気システムは装備されておらず、ハーネス類やデータコレクションモニターをはじめ制御システム全体がモーテック社製に改められています。サスペンションや冷却系、ブレーキシステムも近年のものが使われているので、走行することを目的に組み上げられたことが明らかです。現在、北米マツダ(MNAO)が管理している可動個体はハイダウンフォース仕様の空力セットとなっており、ヘッドライトカバーが付けられていますが、この#003はロードラッグ仕様のリアウィングが装着され、2灯式ヘッドライトが点灯できるようになっています。以上により、車両重量は設計値の790kgに近い状態ではないかと推測されます。

2025年4月5日・6日に行われる「MAZDA FAN FESTIVAL 2025 in TOHOKU」(スポーツランドSUGO)でこのマツダRX-792Pは本邦初公開となります。なお、5日(土)はエンジン始動までで、翌6日(日)にオーナーの國江さんとドライバーの阪口良平さんが来場し、ロータリーマシンデモランの時間帯に走行する予定になっているとのことです。

[RX-792Pが見られるYouTube動画レポート]
◾️2015年Goodwood Festival of Speed 2015 (4’45”)
https://youtu.be/jHKeb1H5JhQ?si=r7uiTPI8L82qbxRm

◾️2015年 Sevenstock18 (4’07”)
https://youtu.be/CCpiY7FMbcY?si=crPc2wPPmtX_qaKn

Text and Photos by MZRacing

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