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  • 2023/07/05
  • OTHER(海外)

第11回ルマンクラシックでルマン100周年パレード実施される

6月29日(木)から7月2日(日)にフランス・ルマン市のサルトサーキットにて、かつてルマン24時間レースに出場したことがある年代車が参加できるヒストリックレースイベント「第11回ルマンクラシック」が開催され、ルマン24時間レース100周年記念パレードラップにマツダ787Bが出場しました。

ルマンクラシックは、1920年代から1981年までに製造されたルマンカーまたはそれに近いモデルが出場できるヒストリックレースで、年代別に6クラスが設定されています。さらに近年は、1980〜90年代のグループCカー、それ以後2010年までのGTカーやプロトタイプカー、クラシックポルシェなどの走行枠も設けられ、活況を呈しています。2002年に初めて開催されてから、1年おきに実施されていましたが、本年はルマン24時間レースが1923年の第1回大会から100周年となることから、特別に昨年に続いて連続開催されることとなりました。6月第2週の24時間レースでもルマン100周年記念優勝車パレードが行われましたが、今回のルマンクラシックでも、7月1日(土)の午後に2周の記念パレードラップがプログラムに組み込まれています。

6月の優勝車パレードに招待されていたマツダ787Bは、それ以後3週間にわたってルマンミュージアムに展示されており、エアツールや工具箱なども保管されていたため、準備はさほど手間がかかりませんでした。また、マツダ787Bを動かすためのエンジニアがふたり、今回も広島から出張しています。ドライバーは、今回も寺田陽次郎です。

今回のルマンクラシックには、9レース枠を走るクラシックルマンカー数百台の他、展示のためだけに自走または輸送されてきたビンテージ車両、比較的近年のスーパーカーなどに加え、ヨーロッパ各地から集まった車種ごとのカークラブの車両が主な駐車スペース、パドック、ブガッティサーキットのインフィールドを埋め尽くしており、総参加台数は8,500名を超すと言われており、観客は4日間延べで20万人以上とのことです。パドックや連絡路、ショップ出展エリアの「ビラージュ」は、常に人でごった返していました。なお、ヨーロッパのブランドはほぼ全てが揃っていましたが、アジアからはマツダブランドだけがクラブ出展しており、各世代のマツダMX-5(ロードスター)が約100台、ロータリーエンジン車が数台、ヨーロッパブランドの名車に負けじとスペースを埋めていました。他の日本ブランドのクラブが来ていないのは、少し驚きでした。MX-5クラブ・フランスのメンバーの方にお話を伺いましたが、「一家でマツダファン。今回は息子と共に150km先からやってきた」「MX-5と初代RX-7の2台を所有しているが、不便を感じたことない」「MX-5は今まで乗ったクルマの中で楽しさはベストです」、などの意見が聞かれました。英国で1991年に限定販売されたレナウンカラーの初代MX-5で来場されたフランス人紳士は、「ずっと欲しかったのだが、近年このクルマを手放す方がいると聞き、即決で購入しました。見てください、トランクフードの裏側にジョニー・ハーバートの直筆サインがあるんですよ」と、話していました。

マツダ787Bを含む、ルマン100周年記念パレードラップ参加車両は、土曜日の午前中に指定の特設パドックに移動し、時間をかけて出走準備が行われました。次々に行われているレースの進行遅延に従い、約1時間予定より遅れましたが、雨雲の間を縫って100周年記念パレード参加車は午後2時過ぎには動き始めました。20数台の歴代優勝車がブガッティサーキットを並んで進行したため、多くのファンはヒーローカーをまさに目の前で見ることができ、興奮していたようです。レーシングコースに入る手前の待機所にマツダ787Bが到着すると、すぐにフェンスの外には人だかりができます。マツダ787Bの少し前にはステファン・ヨハンソンが乗るTWR・ポルシェ(1997年優勝車)が、さらにその少し前にはルマンレジェンドのアンリ・ペスカロロが、1974年ウィナーのマートラMS670Cに乗り込んでいます。ペスカロロは近年体調を崩していたようで、久しぶりにファンの前へ登場となりました。各車がレーシングコースのスタート地点に移動すると、場内アナウンスに従ってホームストレートを進んでいきます。全車がスターティンググリッドに到着すると、年代の若いマシンからペースカーの先導に従ってスタートです。今回の787Bは、プジョー905(1992)、ベントレー・スピード8(2003)、ジャガーXJR-9 LM(1988)らと共に先頭集団を走ることになり、観客席から見えるサーキットビジョンに大きく映し出されるシーンが何度かありました。2周のパレードラップが終了し、寺田は次のようにコメントしました。「まず初めに、ルマン100周年記念という誉れ高きイベントに招待され、大変光栄に思います。また、コースのあちこちで声援を送っていただけるファンの皆さんの姿がよく見えました。優勝から32年も経過しているのに、この地では今でも愛されているな、と感じました。とてもありがたいことです。このルマンクラシックは、3週間前の24時間レースとは参加者も観客も異なる層の方が多いと思います。クルマに対する造詣の深さを感じ、とても高貴な場所に来たな、という実感があります」 さらに、「24時時間の時よりは速いペースのデモランでしたが、マツダ787Bの快音を楽しんでもらうにはスピードが足らなかったのがちょっと残念でした」と続けました。

また、1960年代のマシンが走行する枠には、ポルシェ906で出場した鮒子田寛(77歳)さんの姿が見えました。鮒子田さんは、1973年にシグマMC73でルマンに出場した最初に日本人として知られています。この時のマシンには、マツダオート東京チューンの12Aロータリーが搭載されており、さらに鮒子田さんは1981年にもマツダRX-7 253でルマン出場を果たしており、マツダにゆかりのある方と言えるでしょう。その2回ともリタイヤに終わっているので、今回ポルシェ906で完走を果たし、とても嬉しそうな笑顔を見せていました。

Text and Phtos by MZRacing

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