1991 Le Mans
1981 Silverstone
トム・ウォーキンショー氏、癌により他界

英国スコットランド出身のレースチームオーナー、トム・ウォーキンショー氏が12月12日、癌のため亡くなった。享年64歳であった。

ウォーキンショーは、22歳でレース活動を開始し、主にフォーミュラカーレースに出場していた。その後、ツーリングカーレースなどに参戦しながら、1975年に自らのチームとしてTWR社(トム・ウォーキンショー・レーシング)をイングランド中部のキドリントンに設立した。1980年の英国サルーンカー選手権では、TWRが仕立てたRX-7 G1仕様車が全10戦中9勝をあげ、ドライバーのウィン・パーシーがチャンピオンに輝いた。その勢いでスパ・フランコルシャン24時間レースにも出場。1981年の同レースには、ピエール・デュドネと組んでウォーキンショー自身がRX-7で総合優勝を飾っている。1981年と1982年は、マツダスピードと協力関係を築き、シルバーストン6時間およびルマン24時間レースにも出場した。1982年のWEC in Japan富士1000kmレースには、マツダRX-7 254を従野孝司・関谷正徳とともにドライブ。総合6位に入り、IMSA GTXクラス優勝を果たしている。

その後、チームオーナーとしての仕事が中心となり、グループC全盛時代はジャガーワークスチームを率いて、いくつもの栄冠を手に入れている。勝負に対する執念は相当のもので、マツダのライバルとして戦った1991年のルマンでは、「マツダロータリーは燃料の他にオイルをエンジン内に注入して燃焼させており、規定燃料の量よりも多く消費している」とマツダロータリーの特性を知った上で、抗議文を提出したりしている。しかし、ノーサイドとなったあとのポディウムでは、大橋孝至マツダスピード監督を心から祝福していた。 後年はF1ビジネスで数々の悪評が流れ、一時航空会社やシルバーストンサーキットまで所有したTWRは、倒産し、ウォーキンショーは全てを失った。近年は英国ラグビー協会のチェアマンをつとめ、グロースターチームのオーナーとして協会の発展に努めていた。

2010.12.14
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