2012年1月26日(木)から29日(日)にアメリカ・フロリダ州デイトナビーチにあるデイトナインターナショナルスピードウェイで、記念すべき第50回ROLEX 24 at DAYTONA(通称デイトナ24時間レース)が開催されました。

インディアナポリスと並ぶアメリカンモータースポーツの総本山と言えるこのデイトナスピードウェイは、最大全長3.56マイル(5.7km)のオーバル・インフィールド併用レーストラックで、最大傾斜角31度のバンクが特徴です。NASCARの「デイトナ500」はオーバルだけで開催されますが、超高速イベントとして知られています。
1962年に開催されたデイトナ3時間レースを第1回として、1970年代はIMSAシリーズの開幕戦として、近年ではGrand Amロードレーシングシリーズの開幕戦として、毎年1月末に開催されています。

マツダは、アメリカ市場でのスポーツ性能の認知度向上のため、早くからこのレースにロータリーエンジン搭載車を投入し、これまでに多くの好成績を残しています。
1975年に12Aエンジンを搭載したマツダRX-3がGTUクラスで優勝し、その後日本からナイトスポーツやマツダオート東京がRX-3で挑戦を開始しました。広島のマツダ本体は、1978年に発売したマツダRX-7のデビューレースに1979年のデイトナ24時間を選び、片山義美/寺田陽次郎/従野孝司のワークスドライバー3名を送り込み、デビューウィンを果たしています。その後1982年から11年連続でRX-7 GTUがクラス優勝したこともありました。

2006年からGTクラスに3ローターエンジンを搭載したRX-8 GTが出場しており、2008年と2010年にSpeedSourceチームのRX-8がクラス優勝を果たしています。

過去に23回のクラスウィンを残しているマツダロータリーエンジン搭載車の優勝記録を更新し24回目の栄光を掴むため、今年はRX-8 GTが7台この24時間レースにエントリーしました。
RX-8 GTマシンを開発し、毎年アップデートを重ねているフロリダ州コーラルスプリングに本拠地を置くSpeedSourceを筆頭に、TV俳優のパトリック・デンプシーが率いるデンプシーレーシングからは2台のRX-8がエントリー。ホッドドッグチェーンの「サリーン」経営者がチームオーナーを務めるチームサリーンは3台をノミネートし、マリオ・アンドレッティ一族のジョン・アンドレッティ親子が乗るRX-8を加えた7台が公式予選に臨みました。
デイトナでは木曜日にプラクティス走行を重ねてセットアップを調整し、同日午後のクォリファイ(予選)でスターティンググリッドを決めます。しかし、レース距離が長いのであまり予選ポジションは重要ではないと言われています。

今年のデイトナ24時間のレースウィークの天候は温暖で、予選日(木曜日)の日中の気温は摂氏20度から25度ほどにもなりました。日向では、汗ばむほどです。
天気予報では、短いプラロクティスが2回予定されている金曜日のみ前線が通過するため午前中から雨模様で、それを越えて週末の二日間はまた温暖な天候に戻るとのことでした。
つまり、木曜日のプラクティスでいかにレースに向けたセットアップの調整やそれの確認を確かなものにしておく必要があります。各チームとも1月上旬に行われた三日間の公開テストデーに参加しているので、サスペンションや空力といった基本的なセッティングはほぼ定まっているはずですが、気温、路面温度とタイヤグリップとの関係や燃費セットなどはレース直前のプラクティスでチェックしておく必要があります。どちらもレース中のピットイン時間に大きく影響を与える要素です。

マツダRX-8 GTは、Grand Am GTレギュレーションに基づいたレース専用車両です。ライリー社製パイプフレームチャシーのフロントに450馬力を発生する自然吸気の20B型3ローターエンジンを搭載し、リアにギアボックスとディファレンシャルギアを組み合わせたトランスアクスルが格納されています。
サスペンションは前後ともコンベンショナルなダブルウィッシュボーン形式で、それぞれアップライト(ハブ)に大径ブレーキローターとキャリパーが装着されています。
このシャシーの上にキャビンを形成するロールケージを組付け、さらにその外側に前後左右のフェンダーやルーフ、前後ウィンドシールド、ボンネットフードやトランクリッド、ヘッドライトやリアコンビネーションランプなどが取り付けられるとRX-8のボティシェルが完成します。燃料は、リアのエンドパネルに設けた給油口から燃料タンクへと送られます。

さて、今年のGrand Am GTクラスには、これまでもRX-8のライバルだったポルシェGT3に加え、アウディR8、フェラーリ458といった量産スポーカーのFIA GT3車両が多数出場しています。特に、フェラーリ458の速さは公式テストデーでも注目の的となっていました。
ポルシェGT3も昨年後半からそれまでの排気量3.8リットルから4リットルエンジンに換装され、出力アップが図られているとのことです。出力ではFIA GT3勢が優勢ですが、軽量シャシーにコンパクトなロータリーエンジンを搭載しているRX-8は、敏捷性と持ち前の高い信頼性でそれらの強力なライバル達と勝負することになります。
予選では、ポルシェGT3とフェラーリ458が0.01秒差でフロントロウを分け合い、他のポルシェGT3とフェラーリがそれに続き、マツダ勢はトップから0.3秒差のサリーンRX-8 #42号車が6位につけました。エースの#70 SpeedSource RX-8は、クラス25番手となり後方からのスタートとなりました。

#70 SpeedSource RX-8のドライバーは、チームオーナーのシルベイン・トレンブレイ(カナダ)が基本的なセッティングと予選タイムアタックを担当しました。同チームのテクニカルダイレクターであるデイビッド・ヘスケルとともに、長い時間をかけてこのマシンの開発と育成を手がけてきた人です。
ジョナサン・ボマリートは、かつてフォーミュラアトランティックでシリーズ2位となった実力派で、2009年からSpeedSourceのドライバーとしてGrand Am GTに出場しています。このふたりのレギュラーに加え、今年は現役インディカードライバーのジェームス・ヒンチクリフ(25歳)とインディカーヒーローのダリオ・フランキッティの実弟でアメリカンルマンシリーズの常連ドライバー、マリノ・フランキッティがラインアップされています。
速さと信頼性を兼ね備えたこの四人のドライバー布陣は、チームの歴史上最強の組み合わせといえるでしょう。

パトリック・デンプシーは、欧米では高い人気を誇るハリウッド俳優で、人気TVドラマシリーズの「グレイズアナトミー」に出演して大ブレイクし、スターの座に上り詰めました。また、最近では映画「トランスフォーマー3」にも出演しています。
カーレーシングにも積極的で、Grand Amレースには2007年から出場しており、2009年にはフェラーリのドライバーとしてルマン24時間レースへの出場も果たしています。最近、アメリカの俳優組合から「TV俳優は危険なスポーツへの参加を自粛すべき」との忠告を受けましたが本人は意に介さず、「ドラマ出演よりレースを優先したい」と語っているほどです。2011年のデイトナ24時間では3位に入賞し、感激の涙を見せていました。
また、社会貢献にも熱心で、病院に入院している体の弱い子供達をレーストラックに招待して元気づけたり、レースウィークには先頭に立って医療機関への寄付金集めを呼びかけたりしています。

24時間の決勝レースは、28日土曜日の15時30分にスタートです。それまではドライバーのサイン会やピットウォークなどで、観客がドライバーやチームに接近します。さすがにアメリカはエンターテイメントの国だな、と感心するのはトップドライバーでも嫌な顔ひとつせず時間いっぱいまでファンサービスするし、にこやかな笑顔で肩を組んで写真を撮らせてくれます。
マシンが整列するスターティンググリッドでは、チームクルー全員が直立不動で胸に手を当て、アメリカ国歌「スタースパングルドバナー」の独唱を聞きます。これもアメリカらしいシーンですね。その後、英国のF1ヒーロー、ジャッキー・スチュアートの「スタートユアエンジンズ」のかけ声で各車がエンジンをスタートさせます。
セーフティカーの先導でコースを2周したところで、ROLEXタワーでグリーンフラッグが振られ、レースはスタートしました。その後の第1ターンが危険な箇所ですが、今年はとてもクリーンなスタートでした。

#70 SpeedSource RX-8は、トレンブレイがレースをスタート。序盤は変動が激しく、特にインフィールドの低速個所では接触には気をつけなければなりません。車速の速いバンクでも、並んで走行中に接触すると大事故に発展することもあるので、十分に注意が必要です。#70 RX-8は、それらトラブルやアクシデントに巻き込まれることもなく、約50分ごとにピットインし、序盤はその都度ドライバー交代しながら安定したラップタイムで周回を重ねていきます。
#70 RX-8は、序盤に何度かあったコーションラップ(追い抜き禁止周回)に上位車に追いつくと、それの解除にあわせてオーバーテイクを重ねます。3時間経過した時点では、実に16台もの車両を抜き去り、クラス9位にまで浮上しました。
18時を過ぎると、あたりは急に薄暗くなり、やがてナイトセクションに入ります。例年だと、このあたりからスピンやマシントラブルで脱落するマシンも多く、身軽なRX-8が上位に躍り出るチャンスを迎えます。

しかし、今年はライバル達も手堅く周回を重ねていました。特にクリーンなレースだった今年は、大きなアクシデントも発生しません。一度だけ、バックストレートに設けられた「バスストップ」シケインでDP車が姿勢を崩し、#41 フィッシングキャピトルRX-8に激しくヒットするアクシデントがありました。ドライバーにけがはありませんでしたが、マシンはフロント部が壊れ、これの修理のためピットガレージに運ばれ、長い時間を費やすこととなってしまいました。
RX-8勢のリーダー#70 SpeedSource RX-8には、夜の間も上位進出のチャンスが訪れず、7位・8位をいったり来たりする時間が延々と続きました。それは夜が明け、気温が急上昇する午前中にもほとんど情勢は変わらることなく、ライバル達も力強く走り続けました。
ようやく終盤になって上位車に追いつくチャンスがあり、#70 RX-8は6位で15時30分のチェッカーフラッグを受けることになりました。クラス優勝という目標は、ついに達成することができませんでした。

しかしながら、SpeedSourceチームのピットは、全員が笑顔でチェッカーフラッグを受けたマシンを見送り、互いに長時間のハードワークを讃え合い、ハグしあって労をねぎらっています。少しも落胆したり、悔しがっている様子はありませんでした。
マツダUSAのモータースポーツダイレクターのジョン・ドゥーナンは、「彼らは完璧なレースをしてくれました。722周の周回数はマツダRX-8 GTの最多周回数を大きく塗り替えており、タイヤマネジメントの面でも燃料給油においても全て計画通りにやってのけました。ドライバー達は一度もミステイクをおかさず、マシントラブルもありませんでした。また、このデイトナでは奇跡に近いのですが、他車や落下物とのコンタクトもほぼ皆無であり、マシンは24時間前と全く変わらない姿のまま戻って来てくれました」と笑顔で話していました。
それぞれに与えられた仕事を完璧にこなした彼らには、「優勝」の二文字にも勝る充足感があったのでしょう。

総合優勝を争うDPクラスでも、最後の最後までトップ二台のデッドヒートが続き、史上最多更新といわれた大観衆はこのスリリングな戦いに酔いました。結果的に、GTクラスはポルシェGT3の表彰台独占に終わっています。この結果から、今後のGrand Amシリーズのパランスオブパフォーマンス基準は見直しされるかもしれません。しかし、私たちはチェッカーフラッグの後のクルー達のあの清々しい笑顔を忘れることはないでしょう。

彼らは目標を達成できずライバルには敗れたが、自ら立てたストラテジーを完遂することで、「己に克った」のです。