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  • 2015/08/16

ボンネビル・スピードウィークは今年もキャンセル

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本年8月8日に開始され、14日まで熱戦が繰り広げられる予定だった「ボンネビル・スピードウィーク」は、トラックコンディションの悪化を理由に本年もキャンセルされることとなりました。

アメリカ中西部ユタ州に広がる広大な天然の塩湖で全米各地から集まったカーガイ達が自慢のマシンで最高速を競うボンネビル・スピードウィークは、これまで毎年周辺が乾燥する真夏に行われてきました。雨の多い冬の間は湿っている塩湖は、夏の強い日差しで水分が乾ききって分厚い塩の層に覆われるため、最高速チャレンジに最適な環境となるからです。ところがこの2年間は、冬の降雨量が平均的な値を超えているため夏になっても乾かず、従ってスピードチャレンジの実施が困難となっています。そのため、昨年から参加を計画しているロサンゼルス郊外在住のサム岡本さんは、当地に赴くことなく今年の計画を断念せざるを得ませんでした。今年も現地取材を予定していたMZRacing取材班は、急遽予定を変更。80年代・90年代にボンネビルチャレンジで名を馳せたレーシングビート社(カリフォルニア州アナハイム)を訪ね、岡本さんとともに代表の奥隆之さんの話を聞くことにしました。

「REチューナーであるレーシングビートをアメリカで名の知れた存在にするため、71年から80年代は必死でした。70年代中盤にはドラッグレースを始め、そこそこ速さをアピールできるようになってきたので、北米マツダの目に止まり、IMSAロードレースに出てみないか、というお話をいただきました。もちろん、歓んでお受けしました」と、奥さんはマツダ・モータースポーツとの接点を語っています。「IMSAチャレンジ2年目に、僕らのRX-7はGTUチャンピオンになったので、次の目標を探しました。その結果、初年度の1978年にSA RX-7(NA12A)で184マイル(294.4km/h)を出して、量産スポーツカー部門の速度記録を更新していたボンネビルチャレンジが最適だと考えたわけです。記録更新の結果は、ポスターやパンフレットとなって全米のマツダ販売店の店頭を飾り、レーシングビートの存在も一気に広まっていきます。それで気を良くし、1986年にはFC3S RX-7で再び量産スポーツカークラスを狙って出場して238マイル(381.4km/h)を記録し、その後1995年にFD RX-7で242マイル(387.2km/h)を出して記録更新しています。その2年前にクルマをクラッシュさせて、出場が危ぶまれていたので、なんとか記録更新出来てホッとしたことを覚えています」

「レーシングビートは敷居が高いと感じていたため、これまで奥さんのお話を聞くチャンスがなかったのですが、今回いろんな話が聞けてよかったです」と岡本さん。「しかし、ワークス体制で臨むのは大変なことで、奥さんの苦労や苦悩も伝わってきました。僕らは新参のプライベートチームなので、肩肘張らず気楽にボンネビルチャレンジを楽しむことにします」と、岡本さんは笑います。岡本さんのマシンは、1990年製のマツダMX-5ミアータに89年製FC RX-7用NA 13Bエンジンを搭載しています。本年のエンジンはペリフェラルポート吸気に改造し、軽量ローターやエキセントリックシャフトに摺動抵抗を低減する処理を施しています。これにウェーバー製ダウンドラフトキャブレターを組み合わせており、推定出力は300馬力です。「来年のボンネビルにはなんとかこのマシンを走らせ、200マイル(320km/h)越えを目指したいですね」

岡本さんの視線は、早くも来年のボンネビル・スピードウィークに向けられています。

Photo by MZRacing

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